大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)720号 判決 1966年12月23日

上告人 権田鎮雄

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高橋方雄の上告理由について。

自作農創設特別措置法三条の規定に基づく農地の買収が憲法二九条三項にいう「公共のために」私有財産を用いる場合に該当し、かつ、自作農創設特別措置法六条三項本文の買収対価が憲法の右条項にいう「正当な補償」にあたることは、昭和二八年一二月二三日大法廷判決(民集七巻一三号一五二三頁)および昭和二九年一一月一〇日大法廷判決(民集八巻一一号二〇三五頁)の示すところである。それ故、本件農地の買収処分が憲法二九条三項に違反する旨の論旨は、理由がなく、また買収対価が不当に低廉であることを前提として本件農地の買収および売渡の各処分が憲法一四条に違反して無効である旨の論旨も、その前提を欠くに帰し、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官田中二郎の意見は次のとおりである。

私は、本件上告を棄却すべきものとする多数意見の結論には賛成するものであるが、その理由には、にわかに賛成しがたい。

多数意見によれば、自作農創設特別措置法三条の規定に基づく農地の買収が憲法二九条三項にいう「公共のために」私有財産を用いる場合に該当し、かつ、自作農創設特別措置法六条三項本文の買収対価が憲法の右条項にいう「正当な補償」にあたるものとし、買収対価が不当に低廉であることを理由として本件農地の買収および売渡の各処分が無効であることを主張する本件上告を排斥している。しかし、若し、多数意見の説示するように、本件農地の買収が憲法二九条三項にいう「公共のために」私有財産を用いる場合に該当し、したがつて、これに対する「正当な補償」を要するものとすれば、本件の買収対価は、憲法にいう「正当な補償」にあたるものとはいいがたく、自作農創設特別措置法六条三項本文の定めは、違憲の疑いがあるものといわなければならない、と考える。

私も、自作農創設というような広範かつ一般的な目的をもつた制度改革を行なう場合には、特定の個々人に特別の犠牲を課する場合と異なつて、必ずしも時価による完全な補償を必要とするものとは考えない。しかし、本件の買収対価におけるように、田についてはその自作収益価額を資本還元して定め、畑については統制以前の田の価格との割合をもつて定めたものであることを理由として、直ちに、それが「正当な補償」にあたるという考え方には、にわかに賛成しがたい。政策的な統制価格を基準として割り出された、われわれの一般常識に照らして、きわめて低廉な価格が憲法の保障する「正当な補償」にあたるとする考え方に多くの疑問があることは、論旨に述べるとおりであつて、この点については、憲法の適用があると解すべきものとすれば、上告論旨に述べるところに、全面的には賛成しがたいとはいえ、幾多傾聴すべき点があるように思う。

それにもかかわらず、私が上告理由を排斥し、多数意見の結論に賛成するのは、次の理由による。すなわち、本件買収は、占領中の連合国最高司令官の覚書(一九四五年一二月九日農地改革に関する覚書)に基づく農地改革の一環として行なわれたものであり、それは、憲法以前の、憲法の予想しない、いわば終戦処理に関する事業の一部として行なわれた施策にほかならず、したがつて、本件買収には、憲法二九条三項の適用を認める余地がないと解すべきであり、かように解することによつてはじめて、多数意見の結論を支持することができるものと考える。

もつとも、右の覚書は、講和条約が成立し、わが国の独立が認められるに至つた結果、その効力を失い、現行憲法が完全に実施されることになつたけれども、右の買収そのもの、すなわち、所有権の移転自体は、既にその効力を完結しているものと解すべきであつて、本件のように訴訟の係属している場合についても、その理を異にするものではない、と考えるべきである。

叙上の理由により、憲法二九条三項、同一四条違反をいう所論は、前提を欠き、排斥を免れないものと考える。

(裁判官 横田正俊 柏原語六 田中二郎)

上告代理人高橋方雄の上告理由

第一、自作農創設特別措置法第六条第三項に依る本件農地の買収対価は憲法第二九条第三項の正当の補償に当らないから同法同条第三項違反である。

(一) 農地買収に於ける正当の補償の意義

憲法第二九条第三項の正当の補償とは同条第一項の財産権不可侵の規定から見て、財産権を侵害しない為に設けたのであるから、被使用者に対して使用のために生じた損害を完全に補償する事を目的とするものである事は明白である。従て本件農地の買収に当ては買収による地主の損失を完全に補償する額即ち其対価を以て同様な土地又は同額の物の買える額及び其他買収の為に生じた損害額との合計額でなければならない。然し其他の損害額は算出困難であるから同様な他の土地又は同額の物が買える額だけを仮りに正当の補償額とする。然し本件の場合にあつては物価が暴騰して居り、且金納小作料の据え置き土地引上権の制限等の措置がなされて居て、憲法の保証する自由取引価格は生じる余地がなかつた此場合にあつては、統制以前の農地の自由取引価格と一般平均物価との割合を基準として、其後騰貴した買収当時の物価に均衡した価格を算出する外はないのである、それが被買収土地と同額の他の物が買える完全補償額に最も近いもので、仮りに之を正当の補償額とする。

(二) 物価に均衡した正当の補償価格算出方式

前記の正当補償価格は憲法の保証する自由取引価格が存する場合はそれを以てすればよいが、本件の場合その様な価格が存在しないので其場合前記の如く物価に均衡した価格を以てする事が最も妥当なものと考えられるが其理由は次の如くである。

総理府統計局戦前基準消費者物価指数表によれば(甲第一号証)昭和九年-十一年を基準一として本件農地買収の昭和二三年には総合物価指数は一八九、〇であるが農地は日本勧業銀行農地価格調べに依れば(現在は日本不動産研究所)昭和十一年田一反四三五円畑一反二五九円(共に全国平均)であるから田畑それぞれ四三五円、二五九円を一八九倍したものが当時の一般物価に均衡した被買収農地の正当の補償価格である。即ち田は四三五円の一八九倍八万二、二一五円畑は二五九円の一八九倍四万八、九五一円が買収処分当時の物価に均衡した正当補償価格である。然るに本件田畑買収価格それぞれ一反七五〇円、四三五円はそれぞれ昭和十一年の田畑自由取引価一反四三五円、畑二五九円の一・六倍にすぎない。然して昭和二二年の物価は昭和十一年の一八九倍であるから一・六を以て両者を除すると本件田畑買収対価は物価の百十八分の一となるのである。即ち其対価では物価の百十八分の一の物しか買えないのである。従て之が正当の補償でない事は明らかである。個別価格は田畑それぞれの反当標準賃貸価格十九円〇一銭及び九円三三銭(此標準賃貸価格は被告の主張による)を以て前記八万二、二一五円、四万八、九五一円を除して得たる数を各個別賃貸価格に乗ずれば容易に個別の正当補償価格が得られるのである。然し実際には買収処分の其年度は物価指数は出来ていないから前年度の綜合指数に依て仮払いし後日買収年度の指数による不足分を支払えばよいのである。

右記の如く物価が暴騰して居り且自由取引価格のない場合の正当の補償価格は暴騰し右物価に均衡した価格を以てした理由は次の如くである。

(三) 正当の補償価格は暴騰した物価に均衡した価格を以てした理由

(イ) 農地も他の物と同様に物価に均衡して騰るものである。

農地は自然の賜物であつて物価が騰ても騰るものでないと云う者もあるが山林を買て農地を作る場合を考えて見るに物価が騰れば材木が騰る従て山林も騰る。更に労賃も騰るので開拓費用が増加する。従て既成農地が騰る事も必然である。

又物価が騰れば米価も生産費があがる為其価格も自然に騰る。米価が騰れば農地も米価に平行してあがるのである。其理由は仮りに米価が十倍に騰たとした場合其田も当然十倍の価格迄投資可能となるので自然に十倍迄騰る事になる。

(ロ) 物価は大体騰る一方で農地は其物価に平行して騰ている。

物価は需要供給の関係及び生産費や利用価値等に依て生ずるもので需要が供給を超えた場合は両方が均衡する迄騰り逆に供給が需要より多い場合は下落するが物価と共に騰ている生産費以下には下らないのである蓋し生産費以下に下落すれば生産を中止するからである。従て物価は騰る一方である。此事は明治以来の物価がよく証明しているのである(日本銀行卸売物価指数年報参照)。

農地も現実に物価と同じく騰る一方で且一般物価に平行して騰ているのである、それは甲第三号証(日本不動産研究所田畑価格調べ)に依れば騰る一方である事が了解出来るし、甲第二号証(日本銀行卸売物価指数年報)に依れば昭和九年-同十一年を一〇〇とし同三二年には三六八七六即ち三六八倍になつて居り又甲第一号証(総理府統計局戦前基準消費者物価指数表)に依れば三〇九倍に騰ている。農地は昭和三十二年に田一反一五万二、四八〇円、畑九万一、四八〇円(第三号証日本不動産研究所田畑価格調べ)であるから田畑それぞれいづれも昭和十一年の四三五円、二五九円の約三百五〇倍に騰ている。そして統制以前も常に物価に平行して騰ている。例えば昭和六年と同十五年の物価と農地価格の騰貴率も等しく双方共約一・四倍である。(農地の強制買収以後其自由価格は暫らく騰らなかつたがそれは農地改革の没収的買収の影響によるものである。)従て農地もすべての他の物と同じく一般物価に平行して騰る事が了解出来る。強制買収や種々の統制がなかつたらば買収処分当時も物価に平行して騰た筈である。食糧不足で米一俵壱万円もした事もあるから農地の方が一般物価の騰貴率を超えて騰たものと思はれる。

(ハ) 戦前の農地価格も決して高いものではない。

戦前の農地価格は地主が小作農を搾取した高い小作料に依て生じたものであるから高すぎるとの言を為す者もあるが戦前の小作料と関係のない昭和三二年の農地自由取引価格は全国平均田一反十五万二、四八〇円、畑一反九万一、四八〇円(甲第三号証日本不動産研究所田畑価格調べに依る)で前記の如く戦前の農地自由価格と一般物価との比率に平行し昭和三二年の一般物価に均衡して騰ているので戦前の農地価格は小作料のみから生じたものでない事が了解される。且小作料額も昭和十一年の農地価格四三五円に対する一石の小作料は当時の小売価格で一石が三四円八〇銭であるから農地価格に対して約七分六厘に当る之は精米小売価格であるから農家庭先の玄米価格はもつと安い訳であり、又公課修繕費其他の維持も之を見なければならないから戦前小作料も決して高いものでなく搾取と云うは当らない。

(ニ) 国も其専売品公共料金等を一般物価騰貴と共に引上げている。

物価の急騰と共に総ての物が騰ているが国も昭和二六年迄に清酒四四〇倍、煙草二五六倍、交通通信費一三四・五倍に引上げている。それで地主から買収する農地だけは上げないで買収した事は高りに勝手すぎる買手が一方的に統制価格を設け物価の暴騰にも拘わらずそれを其儘据え置いて物価の百十八分の一の安い価格で無理に買つてしまつたのである。

(四) 被告は買収対価は田に於ては其自作収益価額を資本還元して定め畑は統制以前の田の価格との割合を以て定めたものだから其等の所謂自作収益価格は正当の補償であると言ているが此様な自作収益価格を以てした対価は正当な補償とならない、其理由は次の如くである。

(イ) 統制米価を基にして算出した自作収益価格に依る農地価格は統制価格であつて統制以前の憲法の保証する自由取引価格又はそれを基準にして物価に均衡した価格でもなく然も其統制米価は他の物価に比して甚だしく低廉であつた。此様に甚だしく安い統制米価を基にして算出した統制価格が正当の補償でない事は後述の如くである。其統制価格を以てした本件農地買収対価は左記の如く没収同様の安い価格となつたのである昭和九年-同十一年の米自由取引価格は十キロ二円三十銭即ち一石は三四円五十銭である自作農収益額算出の基にした生産者価格一石一五〇円は右昭和十一年の自由米価三四円五〇銭の約四・四倍消費米価一石七五円は其二・二倍である。

物価は昭和九年-同十一年を一として昭和二一年の総合指数は五〇・六即ち五〇・六倍に騰ている従て此生産者米価及び消費者米価はそれぞれ一般物価の約十二分のー及び二、三分の一と云う低廉なものである。物価指数から見た当時の一般物価に均衡した米価は三四円五〇銭の五〇・六倍即ち一石一、七四五円でなければならない。

此様に生産者米価即ち供出価格が低かつたから供出量が少く為めに闇米は猛騰して消費者は買出しに狂奔しなければならなかつた。買出しに行けば買えたのであるから絶対量がないのでなく買入れ価格が安い為に供出量が少かつたからである。何故この様な不合理な生産者価格を定めたか思うにそれは設定後物価の暴騰にも拘はらず其儘据え置いた農地統制価格及び金納小作料土地引上権の制限等の措置と共に地主の農地を安く買収する為の計画的手段であつたと思はれる。此様に不合理に安くして置いた統制米価を算出の基にしたのでは正しい自作収益額は算出されないのである。

(ロ) 補償価格算出は右の如く自作収益価格だけに依ているが旧憲法第二七条に依て不可侵を保証されていた農地自由取引価格は農地の安定性、利用価値稀少性、需給関係小作料額等の要素等から構成されていたのである。従て之等の要素を取入れない計算に依たのでは憲法の保証する正当の補償価格は算出されないのである。

(ハ) 期間のズレから生じた物価の差額を見落している。本件農地の対価を定めたのは昭和二一年で其時は物価指数は五〇・六であるが二三年買収実施の時には一八九・〇であるので実施迄の間に物価は三・八倍に騰ている。(甲第一号証総理府統計局物価指数表)インフレの真最中に二年も前のもので決めたのでは正当な補償でない事は言う迄もない。

(ニ) 自作収益価格の基となつた自作収益額算出計算は闇売の収入を見落している。

当時の供出割当は反当平等割当であつた為と小作農は大低耕作面積が多かつたので供出及び飯米の残りがあつたので闇売りしない者はなかつた此闇売りの収入が彼等の収益の主体で供出は損失の義務にすぎなかつた。

此闇売りの収入を見落して損失である供出価格だけを算出の基にしたのでは正しい自作収益額は算出されないのである赤字が算出されなかつたのが不思議な位である。

(五) 農地買収対価算出資料の誤謬

農地買収対価算出の基準となつた法規は昭和二〇年十一月二六日農林省告示第十四号である。而して自作収益価格算出の基礎となつた数字は

田一反歩当り玄米収穫量 二石

(昭和十五年より同十九年に至る五ケ年平均収獲量)

玄米政府買入価格一石に付 一五〇円

(昭和二〇年政府買入れ価格)

である原判決は(五枚目裏二行目)なるほど前記統制価格は昭和二〇年産米穀の政府買入価格六十キログラム当り六十円余を以て算出の基礎としたもの(この事実は裁判所に顕著である。)と云うて居るから玄米収獲量二石と云う点も裁判所に顕著であると思はれる。農地買収不服事件に於て判例となつた判決は昭和二五年(オ)第九八号事件であり当代理人も昭和二五年(オ)第三五事件の上告人本人として裁判を受け昭和二九年七月二〇日右第九八号の趣旨を援用して上告を棄却された者であるが其当時は右

一石当り玄米収獲量 二石

玄米政府買入価格一石 一五〇円

を正しい間違いのない数字と思ていた。然るに其後農地被買収者問題調査会の設置等により明らかにされた資料に依れば昭和十五年より十九年の平均収穫量は

一反歩当り玄米収穫量二石三斗七升二合

(農林省食糧管理局昭和二〇年度生産費調査)

昭和二〇年政府買入価格一石三〇〇円

である。計算の基礎資料に右の如き誤謬がある(実際は胡魔化し)実際の収量が二石三斗七升二合あるのに之を二石とし実際の買入価格が三〇〇円であるのに之を一五〇円とし之に基いて計算して出した右農林省告示第一四号及び之から出た自創法第六条所定の買収価格田にあつては当該賃貸価格に四〇畑にあつては四八を乗じて得た額の範囲内と云うのが不当に低いものである事が判る現在では之が一般の常識となつたので右昭和二五年(オ)第九八号事件判決に誰も承服しない。

(六) 自創法第六条第三項は田畑それぞれ賃貸価格の四〇倍、四八倍を以て買収対格(売渡対価も同じ)としているが、(それは自作収益価格に一するので個別価格算出の方法としてであるが)その賃貸価格は昭和十三年のものであるので戦争による物価騰貴を計算に入れていない。

賃貸価格は課税の標準とするもので所有者が一切の費用を負担しての小作料によつて定められたものである、従て小作料も課税も物価が騰れば物価につれて引上げなければならないので賃貸価格も引上げられなければならない。故に地租法に於ても十年目毎に賃貸価格を改める事になつている。昭和二三年は改正の年に当るのに改正せずそれぞれ昭和十三年の賃貸価格を使用して其四〇倍、四八倍を以て対価とした為十三年以来の物価騰貴を織込んでいない。此様に対価は正当の補償でなく無茶極まるものである。

(七) 第二審判決の誤謬

(イ) 判決は正当の補償は自由取引が許されている場合それに依らなければならないが本件の場合は農地の統制価格が設けられてそれ以上の売買は禁止されていた従て農地の価値は其統制価格を超えたものは認められないので買収に対する正当な補償額は統制価格の範囲内でなければならない。と云つているが之に対して上告人は次の如く主張する。

農地買収に対する不服申立事件(原告田中一作被告国)に於ける最高裁の判決が統制価格も当時の経済事情に適合していなければならないと云ている如く経済事情に適合する即ち物価に均衡した価格でなければならない。右二審の判決は統制価格の内容を検討せず統制価格であるが故に買収する場合の統制価格を以てした対価を正当の補償であると判断しているのである。勿論物価に均衡した正しい統制価格ならば自然憲法の保証する正当の補償価格と一致するので正当の補償価格となるのである。然しながら統制価格は人の造たものである。従て物価が騰てもそれにつれて引上げる事を失念したり或は何か目的達成の為故意に安い統制価格を設け或は物価が騰ても之を引上げない為に違憲である場合も考えられるので従て統制価格が正当補償であるかを判断する為には失づ其内容を検討して見なければならない。それが物価より安い場合は正当の補償とならないのである。

本件農地の買収対価即ち統制価格に付て其内容を検討して見るに前記の如く物価の百十八分の一で戦争に依る周知の物価暴騰にも拘はらず戦前のままであるので此統制価格の範囲内の価格を以てした買収対価は憲法の保証している前記正当保証価格の百十八分の一しか補償していないのである之が正当の補償でない事は明らかである。

此様に統制価格の内容を検討しないで統制価格は公共の為に設けたものであるの故を以て此様に極度に安い価格を正当の補償となす事は次の如き恐るべき結果を招来するのである。

即ち統制価格は国が設けたものである。買収も国がなすのであるそして此様な安い価格で買収してよいものとすれば、国は私有財産を安く強制買収しようと思う場合故意に安い統制価格を設け或は物価の騰貴にも拘はらず其価格を据え置いて強制買収する事が出来るのでかくては憲法の財産権不可侵の規定は空文となり私有財産制度は根底より覆るに至るのである。

統制価格が経済事情に適合していなければならない理由は次の如くである。

統制価格は其物の暴騰(又は暴落)を防ぐと共に併せて其為に他一般物価の暴騰を防ぐ為の施策であるが統制価格も憲法の制限範囲内でなければならない。それが物価より安い場合は財産権の侵害となり、農地所有者を差別する事となるのである即ち違憲となるのである何となれば本件の如く安い場合には所有者が処分しなければならない場合例えば滞納や借金整理の場合などに甚だしい損失を蒙る事になるからである又この安い値で農地を取得した者は統制がなくなれば農地は必ず騰るから不当の利益を得る事になるので差別しない規定に反する。又此様に安くては農地の売買は中絶し農地を開拓する者はなくなり公共の福祉にも反する事になるので此農地統制価格は判決に言う様な公共の福祉に適合するものではないのである。

次に統制価格が公共の福祉に適合する様に定められたもので従てそれを以てした買収対価は正当の補償で違憲であるとする理由として判決の述べている所を要約すれば

一、農地改革は我国多年の政策であつた事

二、連合国の命令に依て農地改革がなされた事

三、農地改革は農業生産力の増進と農村民主化の促進を目的とする自作農創設特別措置法に依ている事

四、農地改革は急速に広汎に行はれなければならなかつた事

五、物価に均衡した所謂正当の補償価額を支払たのでは国家の財政が許さない事

等であるが之に対し上告人は次の如く反駁する。

一、に付て。

我が国農政学者や当局者の中には自作農創設を理想とする者が存した事は事実である。何事にも種々理想を有する者はあるが実施の場合すべて憲法の範囲内で行はれなければならない即ち買収対価は正当補償価格でなければならない。

二、に付て。

連合国の日本政府に対する農地改革計画の覚書即ち解放指令の要項に依れば

A. Transfer of land owoership from absentee land owners to land operaters.

不在土地所有者から土地耕作者へ土地所有権を移譲する事

B. Provisions for purchase of farm lands from non-operatimg owners at equitable rate.

不耕作地主から農地を正当な値で買上げる制度

C. Provisions for tenat purchase of lands at annual installment, commensurate with tenaut income.

小作人の其所得に相応した年賦払に依て土地を購入する制度

右A項の正しい価格とは勿論連合国の押付た憲法第二九条第三項の正当の補償価格で物価に均衡した、価格を意味するものである。C項の小作農が其所得で支払い得る年賦で支払はせよと云うのは正当の補償価格では一度で支払い切れないから年賦で支払はせる事にした事から見て正しい価格が正当の補償価格である事明らかである物価の百十八分の一即ち田一反が米三升の代金では年賦支払の必要はないのである。

且憲法は聯合国の押付たものであるから没収同様の価格で買収すべき事を命令するとは考えられない。仮りに此対価が聯合国の命令であつたとしても今日は独立国であるから当然此違憲の政治は改められなければならない。

三、に付ては。

上告人の主張の如き物価指数に依る方法に依るならば至極簡単であるし事務は農地委員会が全国市町村に設けられて行なうのであるから容易に急速に且広汎に達成出来る。実施に当つては買収年度の物価指数は出されていないから前年度の指数で計算して仮渡しなし後日買収年度の不足分を其年度の指数によつて支払えばよい。

五、に付ては。

前記連合国解放指令に於ては正しい価格を小作農から年賦で支払はせる事を命令しているので国に負担すべきを命令しているものではない且日本政府の行つた買収売渡実施も小作農の支払つたものを地主に支払つたので国は少しも負担いていない。それは当然な事で従つて正当の補償を支払つてそれは何等国の財政に影響を及ぼすものではない。

農地調整法第六条の二は買収対価と売渡価格の同じである事を示している。

第二、本件農地買収は憲法第二九条第三項の「これを公共の為に用いるものではない」。

従つて本件買収は右条項に違反する。

(1)  農地の買収売渡は地主から農地を安く買収し之を不当に安く小作人に売渡した丈けのもので地主は不慮の損害に遇い小作人は思はぬ利得をしただけで国が又は公共団体が使用したものではない。然し憲法第二九条第三項の公共のために用いる事が出来ると云うのは鉄道敷設飛行場学校などの公共施設の為に私有農地を収容出来る事が農地の場合の私有財産に対する本規定の適用される場である。公共の福祉の為に私有財産を使用出来るとなるとあらゆる事がらが公共の福祉につながるのであらゆる私有財産が国や団体に強制収容される事になるので安心して事業を営む事が出来ない。規定には福祉と云う字句は使用されていないのに公共の福祉と解するは誤である。即ち公共の為に用いると云うのは公共の福祉の為というより狭い観念である。

仮りに広く福祉の為と解する場合被告は自作農創設は農業生産の増強と農村の民主化の為だと言うが借地が自作になつても増産になるものでなく被告も自作になつて幾何増産になるか数字を以て立証していない只自作農創設後の生産が創設以前より増加している事を云つているがそれは化学肥料の増産其他種々の原因を含んでいるので自作になつた為の増産量はわからないのである農村の民主化について被告の言う事は小作農の生活安定社会的地位の向上であつて公共の福祉でなく小作農民の利益の為である。又小作農は創設以前既に後述の如く只同様の金納小作料と土地引上権の制限措置とに依て全く自作農と同じであつたので強いて自作農創設の必要性はなかつた筈である。

従つて右の理由は買収売渡の為の口実にすぎない。

又公共の福祉と云うのは国民全体の幸福を指すのであるが小作農の生活の安定向上の反面多数の地主が極端な犠牲を強いられて生活に苦るしんでいるのだから此様な安い価格による農地改革は公共の福祉の為でない。

依て本件買収は憲法第二九条第三項の公共の為に用いるに違反する。

第三、本件農地買収売渡は憲法第十四条の国民平等の規定に反する。

(1)  同条によれば国民は法の下に平等であつて政治的、経済的に差別されないとあるが農地買収の実際は既に縷述したるが如く地主は其農地財産権を正当なる価格の百十八分の一の価格を以て強制的に国家の絶大なる権力を以て取上げられ小作農は其農地を同じ価格で売渡を受けて居るのである。而かもインフレの真最中に行なはれたのであるから土地の所有権の代りに金銭を取得した地主は更に貨幣の購買力低下の為打撃を受け即ち二重に大打撃を蒙たが只同様の価格で農地を取得した小作農はインフレに依る地価暴騰の利益を受けて二重に巨利を得るに至つたまことに小作農に厚く地主を迫害する不平等の措置で之をしも不平等と云はずして何を不平等と云うべきか自分の国からこういう待遇を受けた地主は其救済を何処に求めたらよいのか。裁判に求めても裁判が事態の真相を究めず、政治的に解決を求めても岸総理は議会で最高裁が正当の補償であると判決しているから補償をやる必要はないと言い農地被買収者問題調査会も其為補償問題には触れず融資だけでお茶を濁す事にしたのである。之では地主は只天を仰いで長嘆息する外ないのである。

(2)  被告は此不平等な買収売渡は聯合国の命令である農業生産増強のため農村民主化の為だと言つているが小作料や引上権制限等の地主小作に対するすべての農政が不平等を極めている事実から推して地主の土地を小作農に分配する為の此買収売渡を正当づける為の口実であつた事が理解される。

(3)  小作料がいかに不平等であつたかを記せば

「農地調整第九条ノ二」小作料は金銭以外の物を基準として之を契約し支払い又は受領する事を得ず。

「農地調整法施行令第十二条」農地調整法第九条の三第一項の規定に依る小作料の額又は減免条件の換算は当該契約に係る物には農林大臣の定むる価格に依る。

昭和二一年農林省告示第十四号農地調整法に関する告示農地調整法施行令第十二条の規定に依る農林大臣の指定する価格

(一) 玄米 一石当り 七五・〇〇円

裸麦 一石当り 三六・三七円

(二) 大麦 同 二四・三〇円

小麦 同 四四・四三円

小作料は右の如き価格の金納に改められたのである。(実際は戦時中から米一俵三〇円、小麦十九円五十銭と定められていた)右告示の穀物の価格である金納小作料は之を当時の物価に比較して見ると

右一石七五円は昭和十一年の自由米価三四・五〇銭の二・二倍で物価は昭和二一年は同十一年の五〇・五倍である、従つて金納小作料価格は物価の二三分の一で決められたのである、買収処分の昭和二三年の物価指数は一八九・〇であるから約八五分の一に低下した。蓋し金納小作料は其侭据え置きだつたからである。而も土地引上の禁止的制限があつたので全く只同様の小作料で貸す事を強制されていたのである。現在僅かに残された所謂保有地(貸付地の小作料も一反約田約千円であるが固定資産税四五〇円(滑川村固定資産税)を差引くと五・五〇円が手取り小作料である。昭和三六年埼玉県に於ける田一反は十七万〇、二四六円であるから年利廻り僅に三厘強にしかすぎない。之を売つて銀行預金にすれば年五分五厘九千三六〇円の利息がつくのである。

(4)  更に農地を安く売渡を受けた小作農に低利の自作農創設維持資金を貸付て僅かに地主に残された保有地を買はせる様にしているのである。

又昭和二七年に至つて法律の改正に依り自作農創設特別措置法に依て売渡を受けた農地も知事の許可を受けて売れる事になり或者は一反五百円で売渡された畑を一坪三万円(一反九〇〇万円)で宅地に売てゐる。農地としても田一反二〇万円で売つているのである。之では自作農創設の目的は嘘であつて地主の農地財産を小作農に分配する事だけが目的だつたのである。

右述べた所により本件農地の自創法第六条第三項の対価による買収は上告人を経済的に差別するものであるから憲法第十四条に違反する。

たとえ公共の為であつても物価の百十八分の一の安い価格で借地の殆んど全部を小作農だけに売渡す莫大の利益供与は社会的慣習にもない憲法第十四条違反である。

結論右述べた所により

一、自作農創設特別措置法第六条第三項による買収対価は憲法第二九条第三項の正当の補償に当らない。

二、同法第三条に依る買収及び第一条に依る買収理由は憲法第二九条第三項の「公共の為に用いる」に当らない。

三、同法第六条第三項の対価に依る本件農地買収は地主を差別するものであつて憲法第十四条の「経済的に差別されない」に反する、反同価格による小売農への売渡も憲法第十四条違反である。

との右上告人の主張は立証されていると思はれるので本件農地買収及び売渡しは憲法に違反し憲法第九八条に依り効力のない自作農創設特別措置法第六条第三項及び第一条第三条に基き為されたものであるから無効である。従つて上告人の請求を排斥したる原判決は之を破棄するとの判決を求める次第であります。 以上

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